説得力のあるヒューマン

1967〜68年の干ばつでは、食糧生産は前年比で19パーセント下回り、ガンジー首相が欧米に緊急食糧援助を要請してやっとしのいだ。
だが、1971〜〜73年の南部から北西部にかけての干ばつは、世界的な凶作とぶつかつて輸入や援助が思うにまかせなかったために、100万人を超える餓死者を出した。 83年にもアフリカ大飢鯉の陰に隠れていたが、1100万人が干ばつで被災していた。
干ばつを免れた年には、洪水がやってくる。 モンスーン前線の最盛期の7、8月には、いたるところで川があふれ、がけが崩れ、地すべりが発生している。
ニューデリー郊外で、土地の人が「モンスーンの爆発」と呼ぶこの豪雨に遭遇したこと隣のパキスタンでも事情は同じである。 被災者が10万人単位で無造作に数えられるような水害が数年ごとに襲いかかる。
長年インド亜大陸で調査にたずさわった英国の地理学者L・Wは、「皮肉なことに、大河川が縦断するインド亜大陸では、洪水と干ばつが交互にやってくる。 水浸しになったと思ったら、あっという問に乾き切って干ばつが広がっていく」と慨嘆している。
てきた。 まるで滝の中に迷い込んでしまったようだった。
自動車のワイパーを高速にしても、視界はまったくきかない。 道路わきに停まって待っていると30分ほどでやんだが、道路には濁流が音をたてて流れ、まるで大河の中州に取り残されているような心細さを味わった。
インド亜大陸で洪水がどれくらい起きているのか、調べ始めて絶望的な気分になった。 『世界の大災害』(ジョージ・コーネル著)の台風被害の項を見ると、史上10大被害の8つまでをインド亜大陸が独占しているのだ。
毎年7、8月の新聞を繰ると、洪水の被害のない年はない。 「洪水の死者は2千人に」といった記事がわずか5行ほど国際面のすみにある。

内容の重大さに比べて、記事の小ささが大災害の日常性を物語っているようだ。 インド政府の統計によると、毎年最低2回は、国土のどこかが水害に見舞われている。
それも死者数百人、ときには数千人を伴うのが普通だ。 しかも、洪水の常襲地帯は、1960年ごろは1500万ヘクタールほどだったのが、最近では日本の面積を上回る4000万ヘクタールにまで増え破壊の進む水源地帯実は、この洪水も干ばつも根は同じである。
それを説明するには、地図をさらに北へたどらねばならない。 バングラデシュの首都ダッカからブラマプトラ川に沿って、地図を真北へなぞっていく。
国境線を越えると、バングラデシュの頭上にインドのアッサム地方が覆いかぶさっている。 そこは、バングラデシュを一望できるメガラャ高原である。
海抜1300メートルほどの高地は、世界の最多雨地帯として有名だ。 年平均一万1000ミリもの雨量がある。
とくに新記録となった88年には1万5000ミリ、と日本の平均の14倍もの雨量があった。 インド科学環境センターが89年にまとめた報告書によると、この高原はかつては森林地帯だったが、70年代半ばに道路が建設されて以来、入植者が殺到して違法な伐採、開墾、焼き畑、放牧などによって、たちまち丸裸にされてしまった。
地元のカシ族が行ってきた焼き畑は、従来10〜30年の間隔を置いて、十分にニ次林が復元してから火を入れていたのが、人口の爆発的な増加とともに3〜5年しか置かないで焼き畑を繰り返した結果、土壌が固く締まったり表土が流れたりして森林が再生できなくなってしまった。 米国海外災害救援局(OFDA)がまとめた1960〜81年の世界の災害統計によると、洪水、干ばつなどの災害件数はインドが96件で、断然世界のトップ。
2位のフィリピンをはさんで、3位はバングラデシュである。 次はインダス川を遡上してみよう。

ダッカからネパールに向かう定期便はガンジス川に沿って進み、途中から覆いかぶさる銀色の壁に突っ込むようにして、ネパール盆地に進入していく。 この「世界の屋根」ヒマラヤは、しかも、これに露天掘りの採炭や、石炭の燃焼による酸性雨が追い討ちをかけている。
森林が消失して表土が雨期の豪雨で洗い流された後、石灰岩質の土がむき出しになった。 そこに酸性雨が降りそそいで岩が溶かされ、いたるところで土砂が崩壊してこれら大河川の支流に流れ込んでいる。
これが、河口のバングラデシュまで運ばれて土砂を堆積し、河床を浅くして洪水の傷をさらに深くアフガニスタンからパキスタン、インド、ネパール、ブータンを通ってミャンマー(ビルマ)まで2500キロに及び、平均の標高は4800メートルにも達する。 ここから、インダス、ガンジス、プラマプトラといったインド亜大陸の主要河川が源を発し、複雑な支流を統合しながらインド洋にそそいでいる。
これらの河川は亜大陸に生命の水をもたらすとともに、災害という死をももたらすのだ。 ヒマラヤは各国の登山隊が覇を競う華やかな舞台であり、麓のネパールは、ラマ寺院や王宮などから連想されるロマンチックな秘境のイメージが強いが、この山麓一帯では自然の歯車が狂い出し、そのきしみも次第にひどくなっている。
眼下の山麓地帯には、信じられないような光景が広がっている。 こんな急な斜面をどうやって切り開いたのか、と思われるような4000メートル前後の山頂近くにまで、段々畑が刻まれている。
段差が3メートルもありながら、幅が一メートルにも満たないような3日月形の畑も少なくない。 帯その畑があちこちで崩れ落ち、それが将棋倒しになって下に連なる畑を巻き込んで土砂が谷に向か眺って滑り落ちている。
しかも、断崖を走る道路のあちこちも崩れている。 山肌をえぐり取った土砂流は、やがて谷へ合流し、深いU字谷が土砂で埋まっている。

最初に飛行機からそのU字谷を見たときは、氷河かと思ったが、それは土砂が埋まったものだった。 段々畑はしゃにむに天に向かつて伸ばされる。
昔から利用されていたゆるい傾斜の段々畑は安定しているが、その後、急斜面を切り開いたところは、わずかの雨や雪解けでも表土が洗われて崩れ落ちていく。 88年9月にもカトマンズ西方100キロのダルワン一帯で大規模な地すべりが発生して百数十人が生き埋めになった。
このような山地では肥沃な土壌は薄く、これが洗い流されてしまえばあとは岩が露出した荒れ地でしかない。 その畑がだめになると、さらに近くの急斜面を開墾して新たな土壌の侵食に拍車をかける、という止めどのない悪循環が続いている。
インド農業省とネパール政府の合同調査報告によると、この国でもっとも人口密度の高い東部高地では、実に畑の面積の4割前後が農耕放棄地という。 国連食糧農業機関(FAO)の調査でも、この土砂崩壊の原因の8割までが無理な開墾や森林の破壊などが引き金になった人為的なものだった。
FAOからネパールに派遣された米国の森林専門家M・Sは「この土壌侵食のため毎年一パーセントの割で農業生産が落ち込んでおり、この損失分を補うために政府支出が1000万ドル(16億円)も余分にかかっている」と指摘している。 この国ではすでに耕地一ヘクタール当たり9人も養わねばならないところまできており、人口対耕地の比率はバングラデシュやインドネシアのジャワ島なみである。

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